2010年4月23日金曜日
ビアラオ特集
皆々様も日本で見かけたら(タイとかベトナム料理屋にあるかもしれない)絶対試してみてください。
スタンダードなラガー。奥に流れるのはメコンに流れ込むカーン川。ちょうどこの場所は、そこそこ大きな川が、かなり大きな川に流れ込む、というけっこうドラマチックな地形をしていて、私はこのカーン川がとても好きになった。メコン川ぞいと違い人気がほとんど無くてしかもメコン川よりもいい風情。この川沿いのテラスで一日中ビールを飲んで過ごしたある日の一日。ルアンパバーンに行く予定のある方はこの川沿いの一番西側のあたりに宿をとることを強くオススメします。
ゴールド。ゴールドは今年の1月に新発売されたらしい。なのであまり街では見かけない。というか空港で初めて見た。ラガーとあんまりかわらないがちょいリッチな味わい。たぶんちょっとアルコール度数が高いから(こっちは5.6%、あっちは5%)
ダークタイプ。これはほんとにうまいのだが、連日40度近くなるラオスで昼間からがぶがぶのむ飲み物ではない。最後のシメに飲む一杯。
おまけ。ルアンパバーンからビエンチャンの移動で出くわしたイギリス人のオッサン。彼のTシャツをご覧いただければおわかりいただけると思いますけど、私以上に飲んだくれで、この日も勢いよくガバガバ飲んでました。奥さんと別れ、仕事も辞め、家も家財道具もeBayで売り飛ばして旅に出た変人。イギリスの、どこすんでんの?と聞いたら「だからいまのとこホームレスなんだっつうの」ということだそうで(笑)しかしこう見えても数学者。どうりでドル、バーツ、キップ、のレートの計算が即座に出てくる(ラオスでは街中でもこの3種類が普通に通用する)買い物には便利なオヤジ。
2010年4月22日木曜日
ラオス
陸路で国境を越えるのは生まれて初めての経験で、いったいどんなものなのかしらと思っていたけど、「なし崩し的にじわーっと」超えていく感じだった(笑)
炎天下の中、とぼとぼとマイクロバス(というかハイエース)とタクシーと徒歩、で国境を越えていったのだが、あたりに旅人っぽい人はだれ一人としていないし、国境あたりにうろうろしているオッサンたち(何をしているんだか知らない。警備員でもなさそう。)の「あっちだ」とか「こっちだ」とか言うのになんとなく従って、クソ重たいバックパックを担いでクソ暑い中さまようわけなので(国境のくせに標識とかしかるべきサインとかが何にもないんである)、ここがほんとに国境かしら、実はコレをまたいだら北朝鮮だったりして(笑)、なんて、思いながら結局どこがホントのボーダーかはよくわからないままラオスに入りました。
しかし、ラオスに入って人々の印象はいっきに「のん気」モード突入。
国家あげて金儲けに突っ走っている中国人との見事なコントラストを描いている。
中国人ってなんかいつも無表情なんだけど、ラオス人ってなんか基本的にへらへらーっと笑ってるんだよね。
中国人には常に「のしあがろうぜ」という熱意をみなぎらせているのだが、こっちの人は「まーそれなりにやろうぜ」くらいな感じでそこそこやっている。
しかしなんといってもラオスの素晴らしいところはビールがうまいことである。しっかりした味わいにもかかわらず、がぶがぶ飲めてしまうラガーと、まるでヨーロッパのビールのようにガツンとくるダークタイプとがあります。どっちもうまい。ときどきつるんだドイツ人やらイギリス人やらも絶賛。
しかも640mlで100円程度。ああもう私はラオス人になってしまいたいよ。いやうそです。
ところで国境近くのルアンナムターという街から、ルアンパバーンという世界遺産の街に向かうバス(悪路で12時間かかった)でたまたま隣り合わせになったドイツ人が、シュトットガルドのオペラ劇場の舞台技術の人で、ドイツの夏の頃の音楽事情についていろいろ教えてくれたり、私が日本の能楽について暑苦しく語ったりしているうちに少し仲良くなったのだが、ある日のお昼、街で出くわして、「寿司屋見つけたから行こうぜ」なんてことを言う。
あの、すいませんけど、ラオスって、東南アジアで唯一海がない国だと思うんですけど、必竟どんな了見でもってそんなこと、自称寿司ソムリエールのこの私におっしゃられておるというワケですか?となんだかんだ抵抗してみたが、どうしてもオイラは寿司が食べたいんだ、アンタの気持ちは分からんでもないがまぁものはためしにつきあえ、と粘るので、ちょっと怖いもの見たさも手伝って、結局つきあうことにした。
メニューには、寿司の他に、トンカツや、天ぷらや、揚げ出し豆腐や、お好み焼き、、、なぞがラインナップ。しめ鯖、なんてのもあったので、とりあえず、寿司「並」としめ鯖をオーダー。
「並」はサーモンののっかった握りと、同じくサーモンが巻かれた巻き寿司。
ビールの注ぎ方にはやたらうるさいくせに、寿司の食べ方ったらまったくなってないそのドイツ人に、正しい寿司食いをまず指導して、それでもって、絶対に、おいしいはずがない、と確信しながら一口食べると、、、、
きやあうまい。
いやーやっぱ寿司はうまいなー。
一ヶ月以上ぶりに食べる寿司はほんとにうまかった。
あっはっは。
しかしおかげで本物の寿司への渇望がむらむら湧き上がってきて弱っています。
さて、明日は香港です。また中国のまずいビールに戻らないといけないのかと思うと悲しくなりますが、香港はビエンチャンよりかは涼しいようなのでその涼しさが楽しみです。
いやーしかしここはほんと暑くてたまらん。
手持ちの温度計が今日の昼間は39度を指していました。
2010年4月15日木曜日
老四川食堂
雲南省の元陽より少し前、四川省の成都の宿にいたとき、「この数年元陽に潜伏している日本人がいる」と噂に聞いていた、まさにその日本人、山田さん(仮名)に、なんと元陽についたすぐに遭遇。
観光客がそれほど多くない元陽の街でもすでに風体は人民化しているので非常に見つけにくいお方なのだが(笑)
しかしどうも山田さんのほうでも手ぐすね引いて「酒飲みそうな日本人」を待ち構えていたようで、さっそく夜な夜な白酒のお供をするかわりに(?)一人では絶対にたどりつけないさらに辺境の村々へとあちこち案内してくれました。
その山田さんの毎晩の行きつけ、老四川食堂という繁盛店が元陽の街中にありまして、あんまり私が調子よくがぶがぶ飲むもんだからかなんだかわかんないけど、そこの食堂の一家ともすっかり仲良しになってしまい、毎晩毎晩閉店時間まで居座って、それはそれは盛大なまかない飯にありついていました(つまり元陽では毎晩タダ飯)。
毎晩家族やスタッフやどこからともなくあらわれるそのへんのオッサン達(いるよねー)やらとみんなでわいわい食卓を囲むのが、美味しくて、楽しくて、元陽にはつい、予定より長居してしまった。
その「楽しそうな感じ」の老四川家の人々写真をどうぞ。
(iPhone撮影で雑なやつごめん)
大黒柱、陳建一そっくりお父さん。(いきなりぼけててごめん)
奥は、陳健一のお兄さん。たまにふらーっとやってきて手伝う。
しかしこの人がなかなかの事業家で、この食堂を始めたのももとはこのお兄さんだし、他にもホテルやらなんやらいろいろ手広くやっているらしい。
こ2つの中華鍋の中で常に何かが休むことなくかきまわされている。
たいていは陳建一一人でかきまわしている。
寸分無駄のない動きでものすごいスピードで料理を仕上げていくのだが、ちなみに計ってみたところ1つの鍋でだいたい2~3分。2つ同時にまわっているので、3分で2皿は作る。朝から晩まで一日中鍋を振っている働き者なのだ実は。
重慶美人のお母さん(陳健一の嫁)。背が高くスタイル抜群。食材の店の前で客と相談しながら注文をとる。
さあ、仕事が終わったらメシだメシだ(22時ぐらい)。
いちばん左はどこからともなく現れ、まかないメシに紛れ込む近所のオッサン。
陳健一、これまたどこからともなく現れるその辺のオッサン(峰竜太)、お兄さん、お兄ちゃん嫁。
峰竜太は聾唖。そんなわけで全く中国語を理解しない私をいたく哀れんでか同情してか、毎晩やってきては私にビールをなみなみ注ぐ。
陳健一の兄と山田さんがガバガバ私に白酒を注ぐのだが白酒はきつすぎるからこっちにしとき、という彼なりの親切だと思われるが結局どっちもがぶがぶ飲むので同じです。
オッサンたちが唯一知っている日本語は「飲も飲も」。
お兄さんの二人目(再婚)の若い奥さん。
5月に赤ちゃんがうまれます。
この人がこの店で唯一英語がほんの少しだけ話せる、外人客獲得のためのキラーパーソン。
(店先でハロー、というだけで着実に客をつかむ凄腕(?))
ある日。
またある日。
こうやってご飯をよごしながらテーブルから溢れんばかりの大皿まかない料理をみんなでもりもり平らげます。
このパサッとしたご飯がまた妙にやみつきになるんだよねえ。
私のことが大好きなしゃおじぇその1。でも仕事に疲れすぎるとあまり遊んでくれない。
この日兄さんが作っているのは自分たちのまかないだけのための豚足の燻製と豆の煮たの。
けっこう年季が入った燻製だったので、今思えば私をもてなしてくれるためにわざわざ自宅から持ってきてくれたのかも。ありがとう兄ちゃん。
しかし厨房をでるとアホになる兄。(今日も峰竜太在席)
わたしのiPhoneをしっちゃかめっちゃかしてみんなで遊んでいる。
悲しいかな、お父さん(陳健一)に似てしまった娘(足の長さはお母さん似なのが救い)。
この女子は相当な過保護に育てられている老四川一家希望の星。
店のピークタイムに、二人のしゃおじぇがてんてこ舞いで働いていても、彼女は絶対に店を手伝わない(親が手伝わせない)。
でも、じつは素直で可愛い一面もあり、まったく憎めないヤツだったりして。
しゃおじぇその2。われながらフェルメールみたいだなと思うお気に入りの一枚(持っているのが手紙やミルク壺でなく包丁、というのがちょっと怖いですが)。
働いているときだけはかっこいい陳建一。
はいそんな感じで老四川のまかない飯の日々でした。
ごっそーさんでしたーーーっ。
2010年4月13日火曜日
2010年4月11日日曜日
やべーなんか食べたって!!!
向かいの餃子やで取り放題の小皿に、なんか文句なしに今までの人生で一番辛い何かが入っていた!この黒いのの中になんか潜んでたよぉ。辛すぎて痛すぎて、それまで調子よくがっついていた水餃子も刀削麺も、何も食べれなくなってしまったじゃないか!!!痛いよ痛いよー(でも明日になってまた食べたくなっちゃったりしたらどうしよう)
昆明
昆明にいる。何をするともなく。
元陽や成都から比べると天国のようにきれいなところ。
空は青いし、暑くなく、寒くなく、常に風がそよいで、爽やかで、街にゴミは少なくて、痰を吐くおじさんも「たまに」ぐらい。
宿はユースホステルだったのだけど、シングルルームに空きがなくて、久しぶりにドミトリーに滞在。4人部屋。そんなのもう学生時代以来のことなので若干緊張が走りましたが、でもまぁ、なんとか、やっている。でもぜんぜん寝れないのね。
でもまぁ寝れなくてなにか困ることがあるわけでなく、明るくて広くて清潔な部屋だし、日当たりもよくて風がよく抜けるテラスは気持ちいいし、ずっと念願だった「旅先で朝からビールを飲んで惰眠をむさぼり(夜寝れない分、だけど)読書にふける」というのがこの2、3日実行できてとても嬉しい限りです。
ドミのルームメイトのドイツ人の男子(28歳)と中国人の女子(23歳)の女子の昨日の会話。
「ねぇ、聞いてイイ?」
「何。」
「あのさあ、ドイツ人ってヒトラーのことどう思ってるの?」
「・・・・。」
「何よ、なんかいいなさいよ」
「じゃあ、キミは毛沢東のことどう思っているワケ?」
「彼はヒーローだわよ」
「でも、毛沢東のせいで2000万人も死んでるよ?」
「まぁそれぐらいはしょうがないわよ」
「(笑)」
・・・・
その同じドイツ人と、フランス人のおっちゃんが、宿のダイニングで、冷戦のころのドイツの話やらフランスの植民地支配の話やら(この辺はかつてフランスの植民地だった)でもりあがっているところについ居合わせてしまって、私としてはへらへら笑うしか能がなくやりすごしていたのだけど、そこにアメリカ人のおっちゃんが割り込んできて、さらにアメリカ人はどうのこうの,ドイツ人はどうのこうの、フランス人はどうのこうの、ところで日本人はどうなんだとかなんだとかで大激論になって、全く文字通り閉口(英語力不足により、だけど)してしまったりと、昆明のユースにいる多国籍で平和な人々はそんな話題で暇をもてあましていて幸せなもんであります。
さて、明日はさらに南下して景洪という街へ向かいます。
また辺境突入です。
そのあとラオス、タイ、と続く予定。
タイはいまめんどうがおこっているようなので、けっこうこの辺を旅している外人も日本人もわりとみなオススメするミャンマーに行ってみるかも。
(「どこに行くべきか?」という話になると、日本人も外人も、これまたすぐ激論になるんだけどね。みんなそれぞれ「myお気に入り」があって。)
ラオス国境にいます。ビアラオうまい!!!
せっかく中国のまずいビールに慣れたころだったのにこんな美味しいビール飲んだら戻れなくなるね,っつうかもう戻らなくていいか、っつうか中国のビールがまずすぎたからこれがやたら美味しく感じるだけなのか。。、
2010年4月7日水曜日
元陽の棚田
(もったいぶってました、はい)
夜明け。
いやとにかく広大。スケール感が分からないとおもうので徐々にヨってみます。
カモ。
水牛。
なんかもう意味がわからん。
こいつはぜひクリックしてください。
見渡す限り、水田。
1000年続いて築かれた壮大な水田地帯だそうな。
1時間2時間車を走らせてもずーーーっとこんな調子でずーーっとずーーっとひたすら棚田なんですよ。
そんなにして米食いたいかよ!
と思いましたが、いや、食いたいよね、米、うん、ワカルワカル。
と、米への情熱に、つくづく共感と敬服の念をいだきました。
しかし、アジアはどこにいっても、米が共通言語ですね。地元の人がもりもり米食べているのを見ると、なんかこっちももりもり米食べちゃうからおかしい。
ところで元陽の街中の過激に不潔で汚くて臭いのは、中国の中でも抜きんでていると思います(笑)(ある意味こっちも大絶景)
ゴミとオッサンの痰と牛の糞と豚の糞まみれの街ですので、旅をお考えの方はどうぞお体お気をつけください。
以上です。
2010年4月5日月曜日
2010年4月4日日曜日
成都→昆明→元陽
無線LANはもちろん、清潔なバストイレ(中国の安宿では貴重)、レンタル自転車、自由に使える洗濯機、DVD・本のレンタル、物々交換コーナー、広いラウンジ、テラス、バーは中華に飽きた人のための洋食メニューあれこれ、各種ツアーのコーディネイト、鉄道チケットなど移動手段の手配、ほとんどのスタッフが英語が使えて、仕事熱心、しかも日本人スタッフが2人もいる。
中国人と日本人のご夫婦によって経営されている宿なのだが、微に入り細に入り、旅人ニーズに徹底的に応えているすんごい宿。
この宿を堪能するためだけでも成都に来た甲斐があるってもんなんですよ。みなさんもいっぺん試しに泊まってみてください。
世の中金だけではございませんですよねはい。
この宿で、いろいろな変な旅人達に出くわしましたが、その中に四川大地震関係のNGOの人がいらしった。
地震の4日後には現地入りしていたんだって。
それはそれは凄惨な直後の様子を語ってくださった。
全身から強さと優しさが溢れているようなそんな印象的な方であった。
さて成都を出て元陽に向かう。
まず成都から昆明へ20時間かけて鉄道。
この鉄道もかなり楽しみにしていたのだけど、中国のど辺境の村々が時々たち現れて、車窓からの景色は何時間眺めていても全然飽きない。(隣のオッサンが「窓の外の何がそんなにおもしろいんだこのおねえちゃん」といぶかしがっていた。)
あと夜明け前。月明かりに青く照らされた静かな野山が美しすぎて、そのときはたった一人の寝台客室で猛烈に寂しくなった(途中で隣のオッサンらは降りてしまって広々個室状態だったのだ)。
おいしいものを食べたり、おもしろいことを体験したり、美しいものを見る度に、一人でいるのがつくづく寂しく感じる(ToT)
昆明についたら長距離バスに乗り換えて休むことなくさらに9時間の移動です。
昆明駅でのバス乗り換えは、超難関。
長距離バスターミナルがちょっと町外れにあるので
そこまでマイクロバスでプチ移動しなければなりません。
というかそのプチ移動が必用だということについてもなんの情報もなかったので、とりあえず「元陽、汽車(バスのこと)」と書いた紙をもって駅前でフラフラ聞き回っていたら(英語が全く通じないので旅に必用な会話はほとんど筆談。でもそれで通じるんだから漢字って素晴らしいよな!)、ものすごい剣幕でまくしたてるごっついおばちゃんに、行き先も分からぬとあるマイクロバスに押し込まれた。
そのときの不安ったら!行き先のわかんないバスに乗るんだぜ(笑)
でも、中国で道を聞いて、それまでウソを案内されたことが無いので、(この点、韓国人はウソばっかなんだけど)おばちゃんを信じることにして観念した。果たして結果は、、、正しく元陽行きの長距離バスターミナルに到着!しかも元陽行きバスは出発直前、しかも残席1席のすべりこみセーフ!
旅の神様がおらっしゃったのね。ありがとう。ていうかおばちゃんありがとう。
20時間の鉄道移動+9時間も堅いバスのシートに座っているとさすがにお尻が痛かったけれど、あたりかまわず痰をはきちらし、ピーナツの皮をむきちらし、たばこをふかしまくるオッサンどもと、赤子をあやすハニ族のおばちゃんのへんてこりんな子守歌にはまったく閉口したけれど、無事、超スムーズに元陽までたどりつくことが出来ましたよ。ああめでたい!
このあと地球上屈指(と思われる)の大絶景レポートです!
パンダじゃパンダじゃー
ひやっほーい。
寝る→食う→糞する、の無限ループな中年パンダたち。
ミルク中の子パンダたち。
そんな格好でメシ食っとったら牛になんで!
おいおい、お前はなにをしとるんぞぇ。
自分の手(足?)のにおいをかいで楽しむ子パンダ。どうだ、くさいか。くさいだろう。ハッハッハ。
背中に哀愁。熟年パンダ。
以上です。
動画もあげたかったんだけど、YouTubeにどうしてもつながらないので断念。
2010年4月3日土曜日
2010年3月30日火曜日
成都
四川省の省都。
成都はなんだかむやみやたらに巨大な街で、しかも一年中、一日中、霧と埃とでおおわれて日がほとんどささないらしく、街中にグレーと黄土色(まさに、だね)のチョークの粉をまき散らしたようなところです。
人々は相変わらずぺっぺぺっぺと痰をそこいらじゅうはいているのだけど、たしかに痰も吐かずにはやっておれんほど自動車の排気ガスで最悪に空気が悪い。
人と車が多いだけで何もない街殺伐とした街なのだけど、四川省の省都というだけあって、食べ物だけは抜群に美味しい(しかも恐ろしく安い)。
旅の中国語会話本を見てて知ったのだけど、山椒で辛いのを「麻」、唐辛子で辛いのを「辣」、と使い分けると言うこと。
四川なので当然そんな辛い料理ばっかりなんだけど、でもけっこう私、平気って言うか、もっと辛くてもOK、と思ったりするんだけど旅人だから辛さに手抜きされてるんだろうかしら。
ソウル以来ちょっと体調がすぐれなくて、味がちゃんとわかっていないだけなのかも(笑)
意外だったのは、けっこう中国人たら優しい人が多いと言うこと。
そりゃあもちろん天使のような韓国人と比べたら、だいぶ手強い人々なのですけど、期待値が低すぎたからかしら、お店で困った風にしてねばっているととりあえず「なんとかしよう」と働いてくれる(すぐには働かない)。
すぐぼられるけど。
12年前に中国を訪れたときにくらべたら、格段に働き者になっている気がする。彼ら。
世の中金でございますですね(笑)
滞在している宿がおもしろくって、成都という街は中国全土のちょうどまんなかへんにあるからか、中国各地からここにきて、中国各地を目指している、世界中の旅人の、中継点みたいになっている宿。
ソウルにはバックパッカーというのがほとんどいなかったけど、この宿は絵に描いたようなバックパッカーがうようよ。
私がちょっと話した人々だけでも、日本人の「ゴロツキ」の方々、やたらクソ生意気なノルウェー人の若者、淡々とビールを飲む物静かなドイツ人(後述しますけど中国でアクセス出来ないサイトに手軽にアクセスする方法を教えてくれた)、見かけはレスラーのようだけど愛想はよいオーストラリア人、何がそんなにおかしいかしらないけどやたらゲラゲラ笑っているちょっと変わったイギリス人、あとちょっと仲良くなったのはマレーシア人のご夫婦。
マレーシアのこのご夫婦とこのあとタイ、インドネシア、と南下していく予定、という話をしたら、なんでマレーシアに来ないんだ、信じられない、必ず来なさい、とのことで、連絡先をくださった。
それで気づいたんだけど、こうやって旅先で知り合った旅人のお国に伺って、わらしべ長者的に頼るテク、は使える、かも(笑)
ご夫婦によると、お天気もよくて、一年中泳げるし、マレー人、華僑、インド系、入り乱れた文化だから、いろんな美味しい食べ物がいっぱいだわよ、とのこと。
おお、それは確かに楽しそう。
お仕事を聞いてみると、幼稚園を経営されているそうな。
おお、どうりで、お二人とも、いかにも優しさが全身からあふれでている感じ。
マレーシア、よし行こう。
さてここに滞在している日本人のゴロツキのみなさんをかき集めると10人以上になるのだけど(かなりでかい宿なのだ)、昨日の夜は、みんなでわらわら近所の料理屋にご飯を食べに繰り出した。12人いたかな。もっといたかな。チベットを目指している人が多いみたい。さすがに円卓にはまり切らなくて、長テーブルだったんだけど、出るわ出るわのあらゆる料理が、一瞬で平らげられました。どんだけ腹へってんの!
みんな一人旅の人々なので、一瞬ここで居合わせただけ、なんだけど、しかしこうやってみんなで食べるとほんとうにご飯がおいしい!
ゴロツキのくせに、良識のある方々ばかりなので、大変になごやかな食卓でした。
さて中国でやっかいなのは、いろんなサイトにアクセス出来ないこと。なにが悲しいってこの自分のサイトにアクセス出来ないってこと。
当ブログにて愚痴ったら、いろんな方々に情報いただきました(ありがとう!)。しかしほんと、中国を実感。
とりあえずドイツ人の教えてくれたコレ、
http://eatmybrowser.com/
で大概のサイトはいけるようになりました。私のブログも上記でいけるようになった。
Twitterは上記でもダメなのだけど、いちおさんの教えてくれたこちらで見れるようになりました。
http://twitese.webbang.net/
Youtubeは上記でもダメで、今のところすべがない。
イタチごっこでいろんなものがダメになっているようなので、この情報もすぐ古くなると思いますが。
とりあえず今日はこの辺で。
次はパンダのこと書きます。
あと、メコン川が干ばつになっているのが心配。
船で景洪からタイのチェーンセンに抜けたいんだけど。。。